他職種と連携し薬物療法提供
虎の門病院の薬剤部で働く高野春樹さん。北里大学薬学部を卒業後、2013年に入職し、今年で8年目を迎える。血液内科病棟を任され、抗菌薬適正使用支援チーム(AST)と感染制御チーム(ICT)にも参加。患者一人ひとりに適切な薬物療法が行われるよう、医師や看護師と連携しながらチーム医療の一員として積極的な提案を行う。病院薬剤師としての臨床能力を磨きつつ、患者や他の医療スタッフとも積極的にコミュニケーションを取り、医療現場での問題解決力も養ってきた。
臨床での仕事、その中でも様々な疾患に関われる大病院で働きたい――。高野さんが望む条件に合致し、選んだのが虎の門病院薬剤部だった。
入職後半年の研修期間を経て、手術室での麻薬・薬剤の管理などを経験した後、入職3年目からは病棟業務を担うようになった。現在は、年間100件以上の造血幹細胞移植を行う血液内科の無菌病棟が担当だ。
2月のとある1日。8時15分頃に出勤し、業務の準備をした後、8時半の始業から業務を開始。この日は臍帯血移植を実施する患者に服薬指導を行った。
高野さんが1日の仕事の中で最も神経を使うのが薬剤投与前の確認や説明だ。造血幹細胞移植では大量抗癌剤や全身放射線照射、免疫抑制剤を使用する。副作用や感染の予防のため抗菌薬や抗真菌薬をはじめとする多くの薬剤の併用が必須。患者背景に応じて薬剤の投与量や支持療法の組み合わせについて確認し、医師と協議を行う。
患者指導の際には治療に対する理解を深め、主体的に治療に臨んでもらうために、投与スケジュール表を活用している。患者向けに移植の前処置としての抗癌剤の投与、支持療法、感染対策としての抗菌薬の投与など、各薬剤の投与目的やいつどのタイミングで治療を行うかを分かりやすく記載したもの。虎の門病院では薬剤師が患者目線に立って作成している。
患者からは「医師からの説明に加えて、薬剤師から薬の役割やスケジュールの補足説明があることで、より分かりやすくて安心できる」と好評だ。
患者一人ひとりの薬物血中濃度を測定し、薬効や副作用を正確に把握した上で用法・用量を調整する「薬物血中濃度モニタリング」(TDM)も重要な業務だ。10時から11時頃に朝採血した患者の測定結果が出てくる。測定結果や患者の状態をもとに医師と抗菌薬の投与量を協議し、それぞれの患者に適した薬物の投与設計を行っている。
12時過ぎから13時10分まで調剤業務を行い、午前の業務は終了。
14時半から15時半にかけて、ASTラウンドに参加した。ASTラウンドとは感染症科の医師や薬剤師、感染対策の看護師、臨床検査技師などが集まり、患者一人ひとりの症例についてそれぞれの立場から抗菌薬の選択や投与期間などの妥当性を評価するもの。多い時には十数人のメンバーが参加する。血液領域の患者には抗MRSA薬や幅広い細菌に対応可能な広域抗菌薬を使用することが多く、高野さんは患者一人ひとりの検査値情報や使われる抗菌薬の種類、投与量、投与期間、投与目的などをまとめ、症例を提示。今回のラウンドでも多職種の意見をもとに、抗菌薬選択や投与期間の変更提案が行われた。
その後は病棟業務や翌日に使用する注射薬の監査、抗癌剤のレジメン作成などを行い、翌日の患者指導の準備などもあり19時過ぎに帰宅した。
患者の病態に応じて最適な薬物療法を提供するためには、薬剤師がチーム医療にどう関わっていくかが課題となる。高野さんは、新たな病棟に異動しては、信頼関係の構築に取り組んできた。看護師間、医師と患者で交わされている何気ない会話に耳を傾け、患者への治療で何に困っているのかを考えるのだという。その上で薬剤師の自分が関与できる領域を考え、患者の治療に役立つ提案を行ってきた。
こうした積極的な行動が実を結んだ結果、医師からは薬の使い方を相談されるようになった。別の病棟を担当する際には、医師や看護師からのねぎらいと感謝の言葉が寄せられ、そのたびにチームの一員になれたんだという達成感を得ることができた。
中学校から始めた剣道は今も続けている。大学時代は北里大白金キャンパスで授業を受けた後、電車で2時間を掛けて相模原キャンパスでの練習に通い続けた。剣道には“遠山の目付”という心得がある。“一点にとらわれることなく、遠くの山を見るように相手の全体を見る”という対峙方法だが、広い視野を持って患者に対応していくという意識へと結びついている。
今後の目標について「薬剤師さんではなく、“薬剤師の高野さん”と呼ばれるようになりたい」と話す高野さん。患者や他の医療スタッフと接する中で、理想の姿に少しずつ近づいている。