第3回 世界の薬局・薬剤師

2016年5月1日 (日)

薬学生新聞


新潟薬科大学健康推進連携センター教授
小林 大高

医薬分業発祥の地 イタリアで始まる薬局改革と新たな道筋(1)

医薬販売者の時代乗り越え
テレビの取材で「ナポリタン」を食べるナポリ薬剤師会会長サンタガタ氏(左)と腹心のコレンサンティ氏。鹿児島市とナポリ市との姉妹都市提携55周年を記念して日本薬剤師会学術大会に招聘されました。ナポリの薬剤師の奮闘とこれからを力強く講演していただきました。 「日本のナポリタンは?」との質問に、「イタリアでは、ケチャップを使わないので初めて食べる味だが、とてもおいしい」とリップサービスも忘れませんでした

テレビの取材で「ナポリタン」を食べるナポリ薬剤師会会長サンタガタ氏(左)と腹心のコレンサンティ氏。鹿児島市とナポリ市との姉妹都市提携55周年を記念して日本薬剤師会学術大会に招聘されました。ナポリの薬剤師の奮闘とこれからを力強く講演していただきました。
「日本のナポリタンは?」との質問に、「イタリアでは、ケチャップを使わないので初めて食べる味だが、とてもおいしい」とリップサービスも忘れませんでした

 昨年11月に鹿児島市で開催された日本薬剤師会の主催する学術発表会で、鹿児島市とナポリ市(イタリア)が姉妹都市提携を締結して55周年を記念する講演会が企画されました。この講演会では、ナポリ市からナポリ大学薬学部教授で、ナポリ薬剤師会会長のサンタガタ氏が登壇され、ナポリで奮闘する薬剤師の姿を歴史的な背景も含めて分かりやすく解説されました。

 サンタガタ会長によれば、ナポリも20年ほども前までは、薬局はただ処方箋調剤を漫然とこなすだけだったといいます。そこに「健康サービス」というような概念は存在していなかったのです。ましてや、自ら積極的に患者さんや住民に歩み寄ろうなどという空気は微塵もなかった。どちらかといえば、店を構えて、処方箋を待つという「受け身」のスタイルだったといいます。日本でも、自戒の念を込めて「調剤薬局像」として表現されていましたが、「薬局に入るための入場券として“処方箋”が必要」とでもいうような薬局がイタリアにもゴロゴロしている時代だったのです。

ナポリの重厚な門構えの薬局と笑いながら薬局の未来を話す薬剤師(ナポリ薬剤師会会長サンタガタ氏に薬局訪問を依頼すると、若い薬剤師のいる薬局ばかりに連れて行ってくれます。イタリア男性は……と思って話をよく聞いてみると、すべて彼の教え子が働いている薬局ばかりだから当然といえば当然でした。会長との距離感が近い地域薬剤師会には、何か一体感のようなものが感じられます)

ナポリの重厚な門構えの薬局と笑いながら薬局の未来を話す薬剤師(ナポリ薬剤師会会長サンタガタ氏に薬局訪問を依頼すると、若い薬剤師のいる薬局ばかりに連れて行ってくれます。イタリア男性は……と思って話をよく聞いてみると、すべて彼の教え子が働いている薬局ばかりだから当然といえば当然でした。会長との距離感が近い地域薬剤師会には、何か一体感のようなものが感じられます)

 確かに、この当時のイタリア旅行のガイドブックを見ると、「医薬品の入手は困難ですから、常用薬は日本から持っていくようにしましょう。市中の薬局では処方箋がなければ医薬品の購入はできません」と書いてありました。

 ただイタリアの場合は、日本の「調剤専門薬局」とは事情が若干異なりました。日本では、一般用医薬品として解熱鎮痛剤や胃腸薬などが豊富に製造販売されているのにも関わらず、調剤薬局で扱っていません。しかし、当時のイタリアには、処方箋なしで購入できる医薬品自体が、ほとんど製造販売されていませんでした。国民保健サービスという医療制度が充実していたこともあるかもしれませんが、薬局で自分の症状に合った薬を自分自身で選んで購入するという文化が根付いていなかったのです。

 どちらかといえば、かかりつけ医に診察してもらうほうが経済的でしたし、また一般的でした。ですから、処方箋なしで購入できる医薬品をあえて買おうとする消費者も多くはありません。つまり、一般用医薬品を製造販売しても商機はほとんどないと言えます。従って、一般用医薬品を開発して、製造販売しようとする企業がなかなか現れないという悪循環に陥っていたと言えます。

 しかし、1990年頃からイタリアにも世界的な規制緩和の波が押し寄せるようになりました。「アメリカのようにスーパーマーケットで医薬品が自由に買えないのはおかしいのでは?」という声があちらこちらで聞かれるようになります。この声が契機となり、医薬品販売の自由化の道が開かれるようになり、フリードリッヒ2世の医薬分業令(1241年)以来800年以上も薬局が守ってきた医薬品の独占販売権を2006年にはスーパーマーケットにも譲り渡すことになってしまいました。

イタリア・パルマのパラファルマシー(薬局と異なり処方箋を受け付けることはない。薬剤師が常駐することになっているが、1人で営業しているところも多い)

イタリア・パルマのパラファルマシー(薬局と異なり処方箋を受け付けることはない。薬剤師が常駐することになっているが、1人で営業しているところも多い)

 この「一般用医薬品販売の規制緩和」によって、スーパーマーケットやパラファルマシーと言われる一般用医薬品専門店でも、一般用医薬品が販売されるようになりました。また、それまであまり注目されていなかった一般用医薬品が「規制緩和」の対象になったことで、世の関心が高まるようになりました。そして、関心の高まりと共に需要も喚起され、あちこちで一般用医薬品が販売されるようになったのです。

 さらに言えば、それまでほとんど種類のなかった一般用医薬品も種類が増え、消費者の選択の幅が広がりました。必要な時に必要なものが購入できるようになれば、一般用医薬品を購入する人が増えるようになります。こうなってくると、薬局も危機感を抱くようになります。一気にポピュラーになった一般用医薬品ですが、消費者の多くが薬局で購入しない傾向が見られるようになったからです。

 この機に及んで、イタリアの薬剤師が本気で自らの職能と将来を考えるようになったといいます。ナポリ薬剤師会のサンタガタ会長も、「単に医薬販売者であればよいという時代は終わり、専門家としてより国民の健康全般に関わるサービスを提供する場所として『薬局』を活用する時代になりました。こうした時代のニーズに敏感に反応して、自らの能力を高めていく必要があるのです。ナポリの薬剤師は、この10年をかけて、過去からの決別も含めて大きく変わりました。そして、その核にあるのは、自己研鑽への努力でした」と、社会ニーズを認知するソーシャルリテラシーの向上と教育研修の重要性を強調されました。

 医薬分業令を発したフリードリッヒ2世は、シチリア王としてナポリ近隣の街「サレルノ」で、1241年にこの医薬分業令を発令しました。また、フリードリッヒ2世と「ナポリ」との縁も大変に深く、サンタガタ会長が教鞭をとっている「ナポリ大学」を創立したのもフリードリッヒ2世なのです。このように考えると、医薬分業の発祥の地とも言えるイタリアの薬剤師が、その歴史と伝統を脱却して、奮闘している姿を少し丁寧に見てみるのもいいかもしれません。

次号につづく



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