医療法人徳仁会中野病院薬局
青島 周一
薬剤師が扱う医学情報は多岐にわたりますが、僕が最も重視している情報は臨床医学論文です。臨床医学論文とは、動物などを研究対象とした基礎医学論文ではなく、人を対象とした臨床研究の結果をまとめたものです。いわゆる「エビデンス」のことですが、以下では単に論文と呼ぶことにします。
論文の読み方や臨床での活用に関して講演する機会は多いのですが、「そもそも、なぜ論文を読む必要があるのでしょう?」という質問を受けたことがありました。逆に言えば、自ら論文を読まずとも、添付文書(薬機法に基づいて製薬企業が作成する薬剤師向け製品情報)さえあればこなせてしまう仕事が、良くも悪くも薬剤師業務の多くを占めているということかもしれません。
論文を読む必要性について、差し当たり二つの目的を答えることができます。一つは、臨床医学において、これまでに何が分かっていて、何が分かっていないのか、その境界を知るためです。二つ目は、薬の効果を知るためです。前者は、研究者が研究的疑問を明確化するためのプロセス、そして後者は薬剤師の実際的な仕事に関わるものです。
薬の効果を知るために論文を読む。そう聞いて違和感を覚える人もいるかもしれません。例えば鎮咳薬の添付文書を開けば、その「効能または効果」に咳嗽と明記されています。鎮咳薬は咳の緩和に効くことになっているわけですから、論文を読まずとも鎮咳薬には効果があると、容易に判断できます。しかし、薬の効果とは「あり」「なし」できれいさっぱり二分できるものなのでしょうか。
いくつかの論文を読んでみれば、鎮咳薬の有効性の8割以上がプラセボ効果である可能性を垣間見ることになるでしょう(例えばPMID:12099783)。つまり、鎮咳薬の効果を形作っているのは、薬理作用に基づく純粋な効能というよりはむしろ、薬の味や色、匂い、そして効果に対する信念なのです。
このことはまた「どの鎮咳薬を選んでも大差ない」というような、臨床判断の多様性をもたらしてくれます。この多様性こそが、患者さんのニーズに対する柔軟な対応を可能にさせてくれます。
さらに「プラセボ効果を最大限に引き出すためにはどうすれば良いだろうか」というような、患者さんとの向き合い方を考えるきっかけにもなるでしょう。そういう意味では、論文を読むことは薬剤師と添付文書の関係性を、薬剤師と患者さんの関係性に編みかえることと言ってもよいのかもしれません。